
石巻専修大学陸上競技場グランド ボランティアによるボランティアのための炊き出し
5日の朝4:00に起床するとあたり一面テントばかり。その数500以上。
これだけのボランティアの気持ち、思いが集結していると思うと
日本は捨てたものじゃない、私たちもがんばらないと!と気持ちを新たにしました。
4:00に起床といいますか、寒くて寝られなかったのが現状です。
被災された皆さんは3月当時もっと寒かったことと思います。
比べものになりませんが本当にご苦労されてみえるのだなと
ここでも思い知らされた次第です。
また、その4:00前後に外が騒がしく何かと思い出てみると
那須塩原市の社会福祉協議会の方々が
ボランティアのために朝ごはんを作ってくれていました。
お粥やそば、サラダ、ウィンナー、粽ご飯と朝から豪華。
自分たちの朝ごはんは自炊が当たり前と思っていましたが
ここでも驚かされました。
確かに私たちのように日数が少なければ食材を持ってきて自炊も可能ですが
長期滞在となると、こういった方々の手を借りないとご飯のことも考えなくてはならなくなります。
本当に助かっているとボランティアの方が言ってみえました。

全国各地からのボランティア(写真:福岡県宗像市民) 津波に巻き込まれた新車が放置されていました

ボランティアにみえていたパナマ大使と 橋のコンクリートのズレ
ボランティアは全国各地から集まっています。
大垣から13時間。遠いと思ってましたが福岡からもみえてました。
また、私たちのお隣のテントは、
パナマ共和国臨時代行大使のリッテル・ディアスさんがボランティアにきてみえてました。
まさかここで国際交流できるとは・・・・
他にもアイルランドの方やアメリカの方など。
「日本にお世話になった」「日本人はいい人たちだから助けになれば」と。
本当にありがたいですね。
早起きしたこともあり色んな方とお話しができ、とても有意義な時間でした。

渡波駅前にてうどんボランティア隊準備完了 自衛隊の皆さんによる撤去作業
さて、それでは炊き出しポイントに向け、うどん隊出発。
私たちはボランティア本部から指定された「渡波駅」の前のロータリーで
うどんを作ることになりました。
避難所に行ってと思っていましたし、駅前といってももちろん電車は走っていません。
そんなところで、はたして人は集まるのか?被災された方の役に立つのか?
そんな疑問を抱きながら指定の場所に陣取ってうどんの準備。
一通り終え、後はお出汁を温めるのみとなりました。
地元宮城県議会議員さんが
どうしても雄勝町の現状を見ておいてほしいとのことでしたので向いました。
壊滅状態の女川町漁港 横倒しになったビル
ひと山越えて女川町。
惨憺たる現場です。家々は現状をとどめず瓦礫の山となっていました。
そこでは懸命に作業をする自衛隊員の姿が。

雄勝町公民館の屋上に観光バスが・・・ 建物の基礎だけが残る
もうひと山越え雄勝町。
町の入り江の一番奥にある公民館の上には
大型の観光バスが波で押し上げられたのでしょう。
まるで駐車したかのように乗り上げていました。
自衛隊が作業した後だからでしょうか。
瓦礫すらなく家の基礎だけが残るという異様な光景が広がっていました。

雄勝中学校 雄勝小学校
公民館の奥にある中学校は比較的被害が少なかったようですが
小学校は海に近く・・・言葉がでませんでした。
役場は、海からみると山の裏側にあり建物は残ってはいますが
業務はできずほぼ壊滅状態。プレハブで対応におわれてみえました。
「よく戦争の焼け野原のよう」ということを言われる方がみえますが
そんな例えを言うべきではないと思いました。
本当に何も言えない。言葉にならない光景でした。

女川から太平洋を望む展望台 うどん炊き出し開始

うどん調理中 ボランティア隊撤収

帰りの道中仙台市内 翌朝5時に大垣着
渡波駅に戻り
とにかく自分にできることをやって
被災された方々に笑顔が戻れば、元気になってもらえればという気持ちで
うどんの提供をはじめました。
すぐに人だかりができ、1時間もしないうちに450食がなくなりました。
皆さん本当に喜んでいただけたらしく感謝のお言葉をたくさんいただき、
心配もとりこし苦労となったようで安心しました。
そんなにたいしたことはできていませんが、
これだけ喜んでいただき笑顔を見せていただけたら
自己満足かもしれませんが成功だった。やってよかったんだと思いました。
昔大垣にすんでいた方や大垣に親戚がみえるという方など
大垣にゆかりのある方にもたくさんお会いすることができました。
ダシ汁、割り箸、ふきん、ねぎ、かまぼこ、鰹節などなど
あまったもので借り物以外は全て被災者の皆さんにお渡ししました。
と言いますか、片付けていると、「それほしい!」との要望が多く、全てをお渡しした次第です。
こんなことなら無理してでもたくさん持ってこれば・・・・などなど色々と反省点も満載です。
今回のうどん隊にご賛同していただき、一緒に行っていただいた方、
食材、道具類を提供いただいた方々
本当にありがとうございました。
6月にもこのボランティア隊とは別に、
気仙沼のほうにも伺って少しでもお役に立てればと思っています。
がんばろう東北、がんばろう日本。